竹簡の復元品
竹簡の復元品

 孔子・孟子の時代、思想家たちはどのように読み書きしていたのでしょうか。また、『論語』はどのようなテキストで読まれていたのでしょうか。
 この問題は、孔子の有名な伝承「韋編三絶」(いへんさんぜつ)にも関わってきます。当時の本は竹簡(竹を細く切って加工した札)を編んで「冊」にしたものでした。孔子は晩年『易』を好み、竹簡を綴じている横糸が何度も切れるほど愛読したと伝えられています。

 しかし、竹簡が失われてしまった現代において、その姿をイメージすることは意外と難しいことです。孔子はどのような形の本を読んでいたのでしょう。また弟子たちは、師の言葉をどのように書き留めていたのでしょうか。

 こうした疑問に対して、近年、中国から大量に出土する文献がその答えを与えてくれるように思います。
 1972年に発見された銀雀山漢墓竹簡は『孫子』を含むことで有名になり、また1975年に発見された睡虎地秦墓竹簡は秦の始皇帝時代の法律関係文書でした。
 さらに、1994年に発見された上海博物館蔵戦国楚竹書(上博楚簡)は、紀元前300年頃に筆写された戦国時代の竹簡で、その中には『孔子詩論』『従政』『仲弓』『顔淵問於孔子』など孔子やその弟子たちに関わる資料が多数含まれていました。

 また、1973年に発見された定州簡『論語』、1990年代の初めに発見された平壌簡『論語』はともに漢代初期の写本で、すでに現在の『論語』とほぼ同じような内容であることが明らかになりました。
 少しずつ竹簡の具体的なイメージが明らかになってきています。これを受けて、簡冊を編む実習を大学教育の中で実施してみました。「実際に竹簡に触れることにより、韋編三絶の意味が良く理解できた」「孔子の時代の本の形がよくわかった」などの感想がありました。この実習は、論語教育、特に入門期段階において受講生の興味を引く有効な手段であると考えます。
簡冊を編む方法についてはこちらをご覧下さい。

大阪大学教授 湯浅邦弘
大阪大学教授
湯浅邦弘

大阪大学教授 湯浅邦弘

孔子と韋編三絶 湯浅邦弘(大阪大学教授)